長崎県弁護士会所属

弁護士歴30年、長崎県弁護士会会長を経験した代表弁護士をはじめ、4人の弁護士が対応します

諫早事務所(主事務)

島原事務所

長崎事務所

第五回 メンタルヘルス編① 休職期間満了後の退職または解雇について

2020.04.30
Q Xさんは,メンタルヘルス疾患で休職中です。メンタルヘルス疾患の回復がなされたとして,復職を望んでおり,その旨の診断書も提出されました。復職を認めるかどうかについて注意すべきことは何かありますか。
 

1 診断書の問題点

 就業可能な程度まで回復したかの判断は専門医の判断になります。
 しかし,メンタルヘルスの領域では,その傷病の有無・程度が不明確であり,医師ごとに診断結果が分かれることがあります。
 専門医の判断自体が,必ずしも100%信頼できる場合ばかりではないという現実もあります。
 
 

2 主治医の判断に問題ありとして,復職可能の判断を認めなかった裁判例も少なからず存在します。

 
① 大建工業事件 大阪地裁平成15年4月16日・労判849号35頁
 
医師が求職中の従業員について就業できる旨の証明書を作成したところ,その医師が当該従業員の業務をどのように理解していたか不明であることなどにより,会社側がその証明書のみをもって従業員の復職の可否を判断することはできないとしたことを認めました。
 
② J学園(うつ病・解雇)事件 東京地裁平成23年4月24日判決・労判1008号35頁
 
医師が本心では復職は時期尚早と考えていたところ,休職中の従業員より是が非でもといわれたことによりその従業員につき職場復帰可能との診断書を書いたとの経緯を認定した事例
 
③ SGSジャパン事件 東京地裁平成29年1月26日判決・労経速2306号3頁
 
うつ病から復職可能とした主治医の診断書があり、休職満了の自然退職を違法無効と訴えた事案で,裁判所は発症の業務起因性を否定。主治医は、労働能力や職場の状況に関し、会社と情報共有していたとは認められないと判断していた一方、産業医は復帰できないと診断し、本人は体調不良で面談を拒否するなど、労務提供できるほど回復したとは認められないとして対立した事案で,裁判所は,産業医の判断にしたがい,本件業務等について債務の本旨に従った労務の提供ができる程度に病状が回復したとは認められないと判断しました。
 
④ コンチネンタル・オートモーティブ事件
 控訴審 東京高裁平成29年11月15日判決・労判1196号63頁
 第1審 横浜地裁平成29年6月6日判決・労判1196号68頁
 
適応障害で休職期間が満了する1カ月前に、従業員から主治医による「要療養」の診断書が出されたため退職とした事案。退職日の2週間前には、改めて「症状軽快」の診断書を出していたことから、地位確認等を求めた。東京高裁は第一審判決の判断を支持し、会社側弁護士と面談した主治医が、本人希望で診断書を作成したと述べており、回復したと認める証拠はなく復職不可を正当としました。
 
 

3 診断書の内容確認のための主治医との面談

 主治医は当該従業員が会社で具体的にどのような業務に従事しているかを知らない場合場ありますので,会社としては会社の業務,従前の業務内容,配置できるほかの業務内容,従来の業務状況等について具体的に説明して,そのような業務に従事できるのかということをヒアリングする必要があります市,当該診断書がどのような経緯で作成されたのかをヒアリングする必要性があります。
 
 このためには,当該従業員と同席の上ヒアリングするか,当該従業員から同意書をもらって,ヒアリングすることになります。
 
 同意書を出さないとなると,それ自体が診断書の信用性に疑義を差し挟む材料になり得ます。
 
 また,改めて,会社指定の産業医の診断を要求してもよいと思います。
 
 

4 復職可能のための回復程度はどの程度必要か

 
⑤ 片山組事件最高裁判決 最判平成10年4月9日・判タ972号122頁
 
「上告人は、被上告人に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。そうすると、右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。そして、上告人は被上告人において現場監督業務に従事していた労働者が病気、けがなどにより当該業務に従事することができなくなったときに他の部署に配置転換された例があると主張しているが、その点についての認定判断はされていない。そうすると、これらの点について審理判断をしないまま、上告人の労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の前記判断は、上告人と被上告人の労働契約の解釈を誤った違法があるものといわなければならない。」
 
職種を限定していればその仕事ができるかできないかで判断すればよいのですが,そうでない場合には配置転換が可能なのだから、配置転換して復職を認めるべきとしているので,雇用継続への配慮や譲歩が企業側に要求されるようになってきたといえると思います。
 
⑥ キャノンソフト情報システム事件 大阪地裁平成20年1月25日判決・労判960号49頁
 
労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情および難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると解するのが相当であり,雇用契約上,Xに職種や業務内容の特定はなく,復職当初は開発部門で従前のように就労することが困難であれば,しばらくは負担軽減措置などの配慮をすることもY社の事業規模からして不可能ではないと解されるうえ,開発部門より残業時間が少なく作業計画を立てやすいとされるサポート部門にXを配属することも可能であったはずであるとして,上記片山組事件の判断枠組みを支持しています。
 
 

5 リハビリ出勤

 
産業医等も含めてその必要性を検討するとともに、主治医からも試し出勤等を行うことが本人の療養を進める上での支障とならないとの判断を受けることが必要ですが,
① 模擬出勤
職場復帰前に、通常の勤務時間と同様な時間帯において、短時間又は通常の勤務時間で、デイケア等で模擬的な軽作業やグループミーティング等を行ったり、図書館などで時間を過ごす。
② 通勤訓練
職場復帰前に、労働者の自宅から職場の近くまで通常の出勤経路で移動を行い、そのまま又は職場付近で一定時間を過ごした後に帰宅する。
③ 試し出勤
職場復帰前に、職場復帰の判断等を目的として、本来の職場などに試験的に一定期間継続して出勤する。
 
といった制度設計も考えられます(中央労働災害防止協会 健康確保推進部 メンタルヘルス推進センター 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き参照)。
 
 文責 弁護士 森 本 精 一
この記事を担当した弁護士
弁護士法人ユスティティア 代表弁護士 森本 精一
保有資格弁護士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
専門分野企業法務、債務整理、離婚、交通事故、相続
経歴
昭和60年3月
中央大学法学部法律学科卒業
(渥美東洋ゼミ・中央大学真法会
昭和63年10月
司法試験合格
平成元年4月 最高裁判所司法修習生採用(43期司法修習生)
平成3年4月
弁護士登録(東京弁護士会登録)
平成6年11月
長崎県弁護士会へ登録換
開業 森本精一法律事務所開設
平成13年10月 CFP(ファイナンシャルプランナー上級)資格取得
平成14年4月
1級ファイナンシャル・プランニング技能士取得
平成25年1月
弁護士法人ユスティティア設立
専門家紹介はこちら
PAGETOP