長崎県弁護士会所属

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第四回 メンタルヘルスの受診命令

2020.04.30
Q メンタルヘルスの不調が疑われる者に対し,医師の受診をさせることができますか。

 

A 使用者は,労働契約上の安全配慮義務を負っています(労契法5条)。
安全配慮義務というのは,労働者がその生命,身体などの安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務です。
この義務の一環として,精神科の受診を勧めることはできます。
 
但し,メンタルヘルスは,会社も個人も否定的な印象があること,それを明らかにすることは不名誉であると考えられていることから,労働者に対する配慮が必要な場合があります。
 
そこで,最初は要請をして,それでも当該社員が受診せず,病状も好転しないときに,職務上の業務命令として,受診をするようにして,手段としての相当性も担保した方が望ましいといえます。
 
さらに,受信先の医療機関を指定できるかですが,会社としてはより信頼できる医師に受診させたいと考えるはずで,そのこと自体目的は正当であると考えられます。
 
相応の医療機関の指定または産業医の指定が,合理性のある選択であるといえればよく,メンタルヘルスについての不調が疑われる程度や当該医療機関の社会的評価により,労働者の医師選択の自由を害しないといえる場合はあると思われます。
 
上記の点の疑義が生じないようにするためには,就業規則に社員に対する受診命令や医師指定の根拠を明記していた方が望ましいといえます。
 
 
【参考裁判例】
① 帯広電報電話局事件 最高裁第一小法廷昭和61年3月13日判決・労判470号6頁
頸肩腕症候群と診断された原告の症状が好転しないため、公社が精密検査を受けるよう業務命令を発したところ、原告・労働者は公社が指示した病院が信用できないとしてこれを拒否、戒告処分となった件
1.就業規則に、社員が会社の業務命令に服するべきを定め、その規定内容が合理的なものである限りにおいて、その規定内容は労働契約の内容となり、社員に一定の義務を課するものとなる
2.そのうえで、就業規則の性質をもつ健康管理規程に基づき、合理性乃至相当性が肯定できる限度において、健康回復を目的とする精密検査の受診や、病院乃至医師の指定など、会社の指示に従う義務を社員は負う
として最高裁は、原告の精密検査の受診義務は、職員自らの持つ医師選択の自由を侵害するものとは異なり、戒告処分を有効と判断しています。
 
② 日本ヒューレット・パッカード事件 最高裁第二小法廷平成24年4月27日判決・労判1055号5頁
「精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。」
 
 
【参考就業規則例】
独立行政法人労働者健康安全機構 神奈川産業保健総合支援センター
私傷病による休職・復職に関する就業規則(例)
 
第○条(休職手続きの開始)
1 従業員が以下に該当する場合、会社は従業員に休職を命じることができる。
 (1) 会社が必要と認めた場合
 (2) 従業員が私傷病を理由として休職を申し出た場合
 (3) 私傷病による休職者が、復職後1年以内に同一系統または類似の病気により欠勤し、その期間が通算2週間以上に及んだ場合
2 前項第1号による場合、会社は従業員に対し、専門医(産業医又は会社・指定医を含む)による健康診断、検診又は精密検査の受診を勧奨することができる。
3 第1項第2号による場合、従業員は「休職申請書」(休職期間の見込みが記載されたもの)に医師による診断書(症状と休職を要する旨の記載、休職見込期間、治癒の見込みと治癒までの期間についての記載があるもの)を添付して、所属長に提出しなければならない。
4 会社は第1項の休職の要否を判断するに当たり、従業員からその健康状態を記した診断書の提出を受けるほか、必要に応じて従業員の主治医、さらに産業医又は会社の指定する専門医の意見を聴き、第○条に定める休職・職場復帰に関する判定委員会での協議によって休職の要否の判断を行う。
5 第1項・第2項の定めにかかわらず、就業規則第○条に定める休職期間内には回復が見込まれないことが明らかな場合や休職期間を超えて長期の療養を要することが明らかな場合、会社は休職を命じないことがある。
 

文責 弁護士 森 本 精 一
この記事を担当した弁護士
弁護士法人ユスティティア 代表弁護士 森本 精一
保有資格弁護士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
専門分野企業法務、債務整理、離婚、交通事故、相続
経歴
昭和60年3月
中央大学法学部法律学科卒業
(渥美東洋ゼミ・中央大学真法会
昭和63年10月
司法試験合格
平成元年4月 最高裁判所司法修習生採用(43期司法修習生)
平成3年4月
弁護士登録(東京弁護士会登録)
平成6年11月
長崎県弁護士会へ登録換
開業 森本精一法律事務所開設
平成13年10月 CFP(ファイナンシャルプランナー上級)資格取得
平成14年4月
1級ファイナンシャル・プランニング技能士取得
平成25年1月
弁護士法人ユスティティア設立
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