第三回 転勤命令
Q 当社Xは全県展開をしている会社ですが,就業規則には,「業務上の必要性がある場合には従業員に異動を命ずることができる,異動には転勤を伴う場合がある。」旨の規定があります。
Yさんは,子育て中の共働き女性で,諫早市に在住の従業員です。これまで諫早で総務の仕事に従事していましたが,長崎事務所における新規プロジェクトチームへの従業員の早期補充のため異動命令を出しました。しかし,Yさんは異動命令にしたがわず,長崎事務所に出勤しませんでした。当社Xは,Yさんと勤務時間や保育問題などについて話し合いたいと考えましたが,Yさんは応じることなく,欠勤を継続しました。
当社Xは,Yさんに対し1ヶ月間の停職処分を発令しました。
それでもYさんは欠勤を継続したので,Yさんに対し,懲戒解雇処分をしました。当社Xの懲戒処分に問題がありますか。
A 使用者が,業務上の都合により労働者に転勤を命ずる旨の定めがある場合,就労場所を限定する旨の合意がなければ,使用者は,労働者の個別的同意なくして,その際量で,労働者の就業場所を決定し転勤を命ずる権限を有していると解されてます。
しかし,転勤命令権の濫用は許されません。
①業務上の必要性が存在しない場合,②業務上の必要性があっても,退職に追い込む目的や労働組合員である労働者に対する嫌がらせなどの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき,③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるなどの特段の事情が存すること等の特段の事情がない限りは,権利の濫用にならないとされています(東亜ペイント事件・最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決・労判477号6頁)。
本件では,長崎事務所における新規プロジェクトチームへの従業員の早期補充のためという業務上の必要性があり,不当な動機。目的はなく,通勤時間は長くなるものの,当時の住居から転居することなく通勤することも事実上不可能ではなく,住居は借家で,長崎事務所近辺には,入居可能な相応の住居が多数存在し,保育園も存すること,X社には,Yよりも長時間かけて通勤している従業員が多数いること等から,通常甘受すべき程度を著しく越えるとはいえず,当初の異動命令は有効です(東京都品川区居住,東京都目黒区青葉台から八王子事務所への転勤の事例ですが,ケンウッド事件・最高裁第三小法廷平成12年1月28日判決・判時1705号162頁,労判774号7頁が同様の判断を示しています)。
上記最高裁判例にしたがえば,当初出勤停止処分を行い,それでもなお従わなかったことを理由とする懲戒解雇も有効です。
文責 弁護士 森 本 精 一
この記事を担当した弁護士
弁護士法人ユスティティア 代表弁護士
森本 精一
保有資格弁護士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
専門分野企業法務、債務整理、離婚、交通事故、相続
経歴
昭和60年3月 | 中央大学法学部法律学科卒業 (渥美東洋ゼミ・中央大学真法会) |
昭和63年10月 | 司法試験合格 |
平成元年4月 | 最高裁判所司法修習生採用(43期司法修習生) |
平成3年4月 | 弁護士登録(東京弁護士会登録) |
平成6年11月 | 長崎県弁護士会へ登録換 開業 森本精一法律事務所開設 |
平成13年10月 | CFP(ファイナンシャルプランナー上級)資格取得 |
平成14年4月 | 1級ファイナンシャル・プランニング技能士取得 |
平成25年1月 | 弁護士法人ユスティティア設立 |