第一回 採用内定の取消
Q Y会社はコンピューターのソフトウェア会社です。
Xさんは,同じ会社の元同僚でY会社の部長からY会社でマネージャーを募集しているので,どうかとヘッドハンティングを受けました。
Xさんは,Y会社への入社を承諾,Y会社もこれを受け採用内定が成立,Xさんは,それまで勤務していた会社を退職しました。
しかし,その後Y会社では,業績が予想を大幅に下回り、全てのグループ会社を対象に経費削減と事業計画の見直しが進行,Y会社も組織、人員、経費の見直しが進められ、Xさんの配属を予定していた部署が存続しなくなることになってしまいました。
そこで,Y会社は,Xさんをマネージャーとして雇い入れることはできなくなり,採用内定を取り消そうと思っています。
何か問題がありますか。
A 以下順次法律的に問題となる点を説明します。
1 採用内定の法的性質
企業の募集が「申込の誘引」,それに対する応募が「申込」,企業の採用内定が「承諾」にあたり,「申込」と「承諾」の合致した採用内定通知の時点で,始期付解約留保権付労働契約が成立すると考えられています。
新卒者だけではなく,事案によりますが,中途採用の場合も同様の法律関係にあると考えられます。
2 採用内定の取り消しは自由にはできない
まず,一般的な解約権に基づく内定取消は,労働契約法16条(解約権濫用法理)による制約を受けます。
次に,一般的な解約権と異なる,解約権の留保に基づく,留保解約権の行使については,「始期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる(最高裁第二小法廷昭和54年7月20日判決・民集33巻5号582頁参照。大日本印刷事件)。」とされています。
そして,解約権が認められなければ,既に労働契約が成立しているので,内定者は,損害賠償のみならず,内定取消が無効であるとして,労働契約の存続,地位確認の主張ができることになります。
3 人員削減の必要性等の経営上の理由に基づく採用内定取消
「採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という4要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」とされています(東京地裁平成9年10月31日決定・判時1629号145頁,判タ964号150頁,労判726号37頁-インフォミックス事件)。
4 本件の場合
確かに,「内定者と現従業員とでは,当該企業との結びつきの強さが異なることや職務経験や習熟度も違いがあることから,現従業員の解雇に先んじて内定取消が選択されるのは合理的」(労働法判例百選[第8版]27頁・岩永昌晃)といえますが,Y社としては,まず,上記整理解雇の4要件を満たすかどうか慎重に判断する必要があります。
ことにXさんは,既に以前勤務していた会社に対して退職届を提出して,もはや後戻りできない状況にあるので,採用内定取消は,解約留保権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないと判断される可能性があります。
前記インフォミックス事件は,仮処分の事件でしたが,Xさんの主張が認められ,裁判所は,1年間の賃金の仮払いを命じ,Y会社の留保解約権の行使の主張は認められませんでした。
文責 弁護士 森 本 精 一
この記事を担当した弁護士
弁護士法人ユスティティア 代表弁護士
森本 精一
保有資格弁護士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
専門分野企業法務、債務整理、離婚、交通事故、相続
経歴
昭和60年3月 | 中央大学法学部法律学科卒業 (渥美東洋ゼミ・中央大学真法会) |
昭和63年10月 | 司法試験合格 |
平成元年4月 | 最高裁判所司法修習生採用(43期司法修習生) |
平成3年4月 | 弁護士登録(東京弁護士会登録) |
平成6年11月 | 長崎県弁護士会へ登録換 開業 森本精一法律事務所開設 |
平成13年10月 | CFP(ファイナンシャルプランナー上級)資格取得 |
平成14年4月 | 1級ファイナンシャル・プランニング技能士取得 |
平成25年1月 | 弁護士法人ユスティティア設立 |