会社組織にした場合,取締役に就任した経営者は,会社法上の法的責任が生じます。そこで,今回は経営者が知っておくべき取締役の法的責任についてご説明します。
1 取締役の会社に対する責任
(1) 任務を怠ったことにより発生する責任
ア 責任の内容
取締役・会計参与・監査役・執行役・会計監査人(以下「役員等」といいます)は,その任務を怠ったときは,会社に対し,これによって生じた損害を賠償する責任を負います(会社法423条1項。以下法律名を省略します)。
詳しくはこちら→「取締役の会社に対する責任」
イ 競業取引の場合の損害額の推定
取締役が自己または第三者の利益のために会社の事業の部類に属する取引を自由にできるとすると,会社の取引先を奪うなど会社の利益を害するおそれが大きいので,取締役会設置会社では,上記のような競業取引を行う場合には,その取引について重要な事実を開示して取締役会の事前の承認を得なければならない(356条1項,365条1項)としています。
これに違反して,取締役が,競業取引をした場合には,それにより取締役等が得た利益の額は会社に生じた損害の額と推定されます(423条2項)。
ウ 利益相反取引について任務懈怠の推定
取締役が自己のためまたは第三者のために会社と取引をする場合には,その取締役が会社を代表するときに限らず他の取締役が会社を代表するときも会社の利益を害するおそれがあります。そこで,そのような利益相反取引をする場合には,その取引について重要な事実を開示して取締役会の事前の承認を得なければならない(356条1項,365条1項)としています。
これに違反して,利益相反取引をした場合は,取締役等について,任務を怠ったものと推定されます。
エ 利益相反取引の直接取引は無過失責任を負います。
自己のために利益相反取引の直接取引をした取締役(執行役も同じ)の責任は,無過失責任とされています(428条1項)。株主総会決議による一部免除や軽減もできないとされています。
(2) 利益供与に関与した場合は,無過失責任を負う
株式会社は,何人に対しても,株主の権利の行使に関し,会社または子会社の計算において財産上の利益を供与してはならない(120条1項)とされており,これに違反し利益供与を行った取締役・執行役等には刑罰が科せられ(970条1項),かつ,関与した取締役・執行役は,供与した利益の価額に相当する額を連帯して会社に支払う義務を負います(120条4項)。
(3) 違法な剰余金分配の場合は,分配額を支払う義務あり
剰余金の配当等に関し分配可能額の超過・欠損が生じた場合,業務執行者及び議案を提案した取締役は,分配された額を会社に対して支払う義務を負い(462条1項),その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときにのみその責任を免れます(462条2項)。
(4) 責任を負う者
行為をした取締役等のほか,その行為が取締役会等の決議に基づいてなされた場合には,その決議に賛成した者も,それについて任務懈怠があれば,同じ責任を負います。また,決議に参加した取締役等は議事録に異議をとどめておかないと決議に賛成したものと推定されます(369条5項)。
(5) 責任の態様
責任を負う者が複数いる場合は,連帯責任となります(430条)。
2 役員等の責任を免除,軽減する方法
(1) 責任の免除
総株主の同意があれば,上記1の(1)~(3)の役員等の責任は免除できます(424条,120条5項,462条3項)。
(2) 責任の軽減
ア 株主総会決議による事後の軽減
任務懈怠責任について,その役員等について「職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないとき」は,賠償額から最低責任限度額(=下記に記載する数年分の報酬と新株予約権で得た利益の合計額)を控除して得た額を限度として,株主総会の特別決議で免除することができます(425条1項,309条2項8号)。
①代表取締役,代表執行役 → 6年分
②代表取締役以外の取締役,代表執行役以外の執行役 →4年分
③社外取締役,会計参与,監査役,会計監査人 → 2年分
例えば,代表取締役への損害賠償額が7000万円,その代表取締役が1000万円の報酬でかつストックオプションで500万円の利益を出していたとしたら,
7000万-(6000万円+500万円)=500万円
500万円が免責される限度です。株主総会の特別決議を経ても,6500万円の損害賠償責任があります。
イ 定款において取締役・取締役会決議で軽減する旨を定める
定款で,取締役会設置会社であれば,取締役会決議により,取締役会設置会社以外の会社であれば,取締役の過半数の同意によって,一定の数を限度として取締役の責任を免除することができます(426条1項)。免除できる限度額は,上記アに同じです。
ウ 定款において,社外取締役・会計参与・社外監査役・会計監査人について責任限定契約に基づき軽減する旨を定める
社外取締役等(社外取締役,会計参与,社外監査役または 会計監査人)が任務を怠った場合の損害賠償責任については,定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする契約を社外取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができます(427条1項)。社外取締役等の人材確保のため,賠償責任に関する不安を除去するための制度です。
3 取締役の会社に対する責任を追求するのは誰か
(1) 会社における責任追及の機関
会社が取締役の責任を追及する場合,会社法は,誰が会社を代表して訴訟を遂行するかを定めています。
① 監査役設置会社 → 監査役(386条1項)
② 取締役会設置会社で監査役を設置していない会社
→ 代表取締役(349条4項)
③ 監査役を設置していない会社 → 株主総会で定めることができる(353条)
④ 取締役会設置会社で業務監査権限を有する監査役が置かれていないとき
→ 株主総会または取締役会決議で定めることができる(364条)
(2) 株主代表訴訟
以上のとおり,会社法は,取締役の責任を追求する機関を定めていますが,取締役間の馴れ合いによって取締役の責任追及がなされないおそれがあります。また,監査役(監査役設置会社の場合)についても,取締役との個人的な関係などからこの責任追及をしないおそれも考えられます。
そのため,株主が会社に代わって取締役の責任を追及する訴訟を提起できるようにした制度が,株主代表訴訟です。すなわち,株主(公開会社の場合,6箇月前から引き続き株式を有する者に限る。847条)が,会社に対し提訴請求をすることができ,提訴請求の日から60日以内に提訴しないときは,その株主は,当該取締役を被告として,会社に対する賠償を求める訴訟を起こすことができます(847条1項~3項)。
詳しくはこちら→「取締役なら考えておくべき株主代表訴訟の実務」
4 役員等の第三者に対する損害賠償責任
(1) 429条1項
役員等が職務を行うについて,悪意または重大な過失があった場合は,第三者に生じた損害を賠償する責任を負います。
(2) 429条2項
特定の書類や登記・公告等に虚偽の記載記録があった場合には,次の者は,過失がなかったことを立証しない限り,この責任を負います。
ア 取締役及び執行役について
①株式,新株予約権,社債・新株引受権付社債を引受ける者の募集をする際に,通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知または当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載・記録
②計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載・記録すべき重要な事項についての虚偽の記載・記録
③虚偽の登記
④虚偽の公告(440条3項に規定する措置を含む)
イ 会計参与
計算書類及びその附属明細書,臨時計算書類並びに会計参与報告に記載すべき重要な事項についての虚偽の記載または記録
ウ 監査役
監査報告に記載・記録すべき重要な事項についての虚偽の記載・記録
エ 会計監査人
会計監査報告に記載・記録すべき重要な事項についての虚偽の記載・記録
(3) 最大判昭和44年11月26日・民集23巻11号2150頁
最高裁は,現行の429条1項のもとになった旧商法266条の3の規定について,以下のように論じています。
「商法は,株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する規定として(旧)266条ノ3を置き,同条1項前段において,取締役がその職務を行なうについて悪意または重大な過失があつたときは,その取締役は第三者に対してもまた連帯して損害賠償の責に任ずる旨を定めている。もともと,会社と取締役とは委任の関係に立ち,取締役は,会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い(旧商法254条3項,民法644条),また,忠実義務を負う(旧商法254条ノ2)ものとされているのであるから,取締役は,自己の任務を遂行するに当たり,会社との関係で右義務を遵守しなければならないことはいうまでもないことであるが,第三者との間ではかような関係にあるのではなく,取締役は,右義務に違反して第三者に損害を被らせたとしても,当然に損害賠償の義務を負うものではない。」
しかし,「法は,株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること,しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して,第三者保護の立場から,取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し,これによって第三者に損害を被らせたときは,取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり,会社がこれによって損害を被った結果,ひいて第三者に損害を生じた場合であると,直接第三者が損害を被った場合であるとを問うことなく,当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したのである。」
「取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては,その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば,自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し立証するまでもなく,商法266条ノ3の規定により,取締役に対し損害の賠償を求めることができる」し,「同条の規定に基づいて第三者が取締役に対し損害の賠償を求めることができるのは,取締役の第三者への加害に対する故意または過失を前提として会社自体が民法44条の規定によって第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もない」。
詳しくはこちら→「取締役の第三者に対する責任」